張ダビデ牧師、ゲッセマネの祈り


張ダビデ牧師の説教メッセジを土台に、マルコの福音書143242節「ゲッセマネの祈り」を受難節(四旬節)の想として再解し、「アバ、父」への信と「目をまして祈れ」という弟子道の召し、そして十字架の孤と同伴を深く照らし出す。


受難節の空は、いつもどこか重い。カレンダの上で「受難週」という言葉を目にする瞬間、私たちの信仰はもう一度、より深いところへ招かれる。張ダビデ(Olivet University創設者)牧師が、マルコの福音書143242節、すなわちゲッセマネの祈りを「キリストとの同伴」という組みで改めて語り直そうとしたのも、その招きの性格を正確にんでいるからだ。ゲッセマネは、イエスの最後の夜を飾る悲劇的な舞台にとどまらない。信仰が何によって持ちこたえるのか、順がいかなる言葉で完成されるのか、そして弟子道の態がどれほど脆いのか——それらを一に露わにする、「魂の搾機」のような場所なのである。


興味深い出点はヨハネの福音書にある。共福音書(マタイマルコルカ)に共通してされているゲッセマネの祈りが、ヨハネの福音書には述として登場しない。張ダビデ牧師は、この空白をなる省略ではなく、ヨハネが十字架を見つめる焦点の違いとしてむ。際、ヨハネの福音書は最後の晩餐以降、イエスの長い告別説教と取りなしの祈りを深くめ(ヨハネ1317章)、逮捕の場面へと一に移り、イエスの主導と王的威を前面に押し出す。その流れの中でイエスの的苦悶が皆無なのではないが、ヨハネはゲッセマネの「三度の格」を物語として反復せず、むしろ「今、わたしの心はいでいる……『父よ、この時からわたしを救ってください』と言おうか。しかし、わたしはまさにこの時のためにたのだ」という告白を通して(ヨハネ12:27)、十字架を前にしたらぎと決を別の仕方で縮して提示する。


だが張ダビデ牧師が、あえてマルコのゲッセマネへ私たちを連れて行く理由は明白だ。十字架へ向かって「決意」した方のみが、感情も痛みもない超越的な機械のように進んだのではないこと。愛は決だけで維持されるのではなく、と慟哭を通過してなお立ちけること——ゲッセマネはそれを最も人間的な色合いで証言するからである。ここで私たちが出うイエスは、「ひどく驚き、深く悲しまれた」。その表現は、信仰がしばしばしてしまいたい真実を暴く。信仰とは鋼の無表情ではなく、震えを抱えたまま逃げない選である。そしてその選は、「祈り」という形でしか持しない。



「ゲッセマネ」という名そのものが、すでに象だ。ブリタニカはゲッセマネの意味を「油搾り機、すなわち oil presses」と明する。オリブが油になるには、し潰されることが必要だ。のままでも香りはあるが、その香りと光を長く宿す油は、搾の時間をて生まれる。張ダビデ牧師が「搾油所」という語に長く留まるのも、この点ゆえである。ゲッセマネは、イエスが油注がれて王として即位する呼の場というより、王の威が十字架の順によって精錬される場、愛の油が苦難のし潰しの中で搾り出される場なのだ。


しかも、その夜は過越の夜である。イエスと弟子たちが、神殿のある高いエルサレムを背にし、キデロンの谷を渡ってオリブ山へ向かうとき、その足元には、いけにえの史、贖いの象が流れていたはずだ。ロマ時代にユダヤ史を記したヨセフスは、過越にげられた牲のを集計し、ある年の過越には「256,500」の牲があったと記し、一つのいけにえに少なくとも十人が参与したのだから、夥しい群衆がエルサレムへ押し寄せたのだとえる。の正確さをめぐる議論があるにせよ、その記が示すのは少なくとも、時のエルサレムが過越のたびに「血と群衆と緊張」で膨れ上がる都市だったという事だ。イエスの十字架は抽象的な理ではなく、特定の祭り、特定の政治的恐怖、特定の宗的熱狂のただ中で起こった出事であることを思い出させる。


ところが弟子たちは、その夜を美の歌で通りける。「彼らは美し、オリブ山へ出て行った」という一文は、あまりにやかで、むしろ不だ。張ダビデ牧師は、ここに弟子たちの「感の欠如」を見く。主のにはすでに裏切りの兆しと死の影がくっきりしているのに、弟子たちは空めないまま美を歌い、やがて眠りへと傾く。この比は、弟子たちを非難するための装置ではない。私たちはしばしば「美=敬虔」と短絡するが、美が現逃避の手段になりうることを映し出す鏡でもある。重さに耐えられない魂は、ときに歌で覆いす。ゲッセマネはその歌をぎ取り、った生身の信仰の相を見せる。


イエスは十一人の弟子の中から、さらに三人——ペテロ、ヤコブ、ヨハネ——を連れてへ入られる。それは特のように見えて、は同伴への要請だ。「目をましていなさい」という言葉は、なる醒の呪文ではなく、愛の最後の嘆願である。そして、その嘆願が崩れる瞬間、十字架への道がいかに孤かが鮮明になる。張ダビデ牧師が繰り返し語る「キリストの孤」は、まさにここで成立する。主は弟子たちが代わりに背負えない重荷をりで担うが、せめて共に目をましていてほしいと願われる。だが彼らは眠ってしまう。「心は願っても、肉体が弱い」という宣言は、人間存在の構造を一文で解剖する。意志は方向を知っているのに、習慣と疲と恐れが身体をたえる。だから信仰は、いつも「誓い」よりも「訓練」に近い。そして訓練の中心にあるのが、眠りに勝つ祈りである。


ゲッセマネの祈りの頂点は、イエスの呼びかけから始まる。「アバ、父よ」。アバはイエスが用いたアラム語であり、パウロもまた、私たちが御によって神をそのように呼ぶようになったと語る。とはいえ、それを現代語で無件に「ダディ」のようにすことには重であるべきだという指摘もある。アバが含む親密さは確かだが、それは率な馴れ馴れしさではなく、畏れのうちの親密さ、尊のうちの近さである、と神者たちは調する。張ダビデ牧師がむのも、その質感だ。十字架を前にしたイエスは、神を見知らぬ裁判官としてではなく、「わたしの父」と呼ばれる。その一語が、信仰の最後の支柱となる。父の愛への確信が崩れた瞬間、順はたちまち絶望へ質するからだ。


しかし、その確信が感情を消してくれるわけではない。イエスは「この杯をわたしから取り去ってください」と求める。これは回避の罪ではなく、人間性の正直さである。張ダビデ牧師がこの箇所を「慰め」とむのは、信仰者が抱く恐れや震えが、そのまま不信の証ではないことを示すからだ。問題は恐れがあるかないかではなく、その恐れを誰の前へ持って行くかである。イエスは恐れを人に誇張して訴えるのではなく、父に申し上げる。そしてすぐに祈りの向きをえる。「しかし、わたしの望みではなく、あなたの御心のままに。」これは諦めではなく、信に基づく自己委ねである。キリスト順とは感情の不在ではなく、感情を超えて係を選び取ることだ。


この順を理解するには、約の預言的背景も想起したい。イエスは弟子たちに「牧者を打て、そうすれば羊は散らされる」という言葉を引き(マルコ14章)、ゼカリヤ137節の預言を自らのみに重ねる。「牧者を打て、すると羊は散る。」十字架は偶事故ではなく、「知りつつ」入って行かれた道である。それでもゲッセマネでイエスは、その道を祈りによってもう一度受け取り直す。予定と順はここで固く結び合わされる。父の御心が善いと知っていても、その道の苦さが消えるわけではない。だが、その苦さが意味を持ち始める。ゲッセマネの順は「仕方がない」ではなく、「あなたが善いお方だから、信じて進む」である。


張ダビデ牧師の解のもう一つのみは、この本文を「神的正解」としてだけ扱わず、「人間の現」へ引き下ろす点にある。私たちはしばしばイエスの順を語りながら、その順がどれほどの心理的重荷を伴うのか、その重荷が身体の反——汗、呼吸、鼓動、震え——としていかに噴き出したのかまで想像したがらない。だが福音書がわざわざ「驚き」と「悲しみ」を記した事は、神が人間の弱さを信仰の外へ追放しなかったことを意味する。教会が「く見える信仰」ばかりを陳列すると、傷ついた人は自分の感情を罪感にえてんでしまう。ゲッセマネはその歪みを正す。「恐れがある」という告白は、すでに信仰の失敗ではなく、信仰が祈りという形で自らを正直に表す最初の一になりうる。


ここで「杯」というイメジは、さらに豊かになる。聖書において杯は、ときに裁きと怒りを指し、ときに苦難の分け前を意味する。イエスが「この杯」を語るとき、それは肉体的苦痛だけでなく、罪人の手に渡される屈辱、理不係の裏切り、そして神からち切られたように感じられる「見捨てられ」の深淵まで含んでいる。ゆえにイエスの祈りは、物理的痛みを避けたい本能を超え、存在そのものが崩れ落ちそうな崖での叫びである。だがその叫びが、「アバ」という呼びかけを手放さないことが決定的だ。感情は渦くのに、係は切れない。張ダビデ牧師が調するように、信仰の危機は結局、「父の愛への確信」がらぐときに訪れる。愛を疑った瞬間、順は義務となり、義務は疲弊へつながる。逆に愛を信じた瞬間、順は苦痛の中でも意味を持つ選となる。


弟子たちの眠りは、その選の反側を示す。ペテロは直前に「あなたと一に死んでも、決してあなたを知らないなどとは言いません」と言った。ところが間もなく、彼は一時間たりとも目をましていられない。この移ろいは、ペテロだけの問題ではない。人はたいてい、決意するときには自分を過大評し、耐えるときには自分を過小評する。決意の言葉は大きいが、耐える技術は貧しい。だからイエスは弟子たちに「誘惑にらないよう、目をまして祈りなさい」と言われる。誘惑とは倫理的な罪への誘いだけでなく、係を投げ出させる疲、責任を回避させる恐れ、信仰を「あとで」に先延ばしさせる無感まで含む。目をましていることは、精神論の勝利でも感情の高揚でもなく、鈍っていく心を神のほうへ再び向け直す小さな反復である。


張ダビデ牧師は、この本文を通して「キリストとの同伴」とは結局、「共に目をましていること」だと喚起する。同伴とは同じ空間にいることではなく、同じ心と同じ重さを分かち合うことだ。その夜、弟子たちはイエスと同じ園にいたが、同じ夜を生きなかった。イエスの夜は祈りの夜であり、弟子たちの夜は睡眠の夜だった。そしてその隔たりが、イエスをいっそう孤にする。私たちも似ている。礼拝の席にいても、誰かの痛みの前にいても、私たちはしばしば「眠った心」で存在する。心は別のところにあり、愛は疲れており、責任は重い。ゲッセマネは、その眠った心をさぶって起こす。「あなたがたはここにいて、目をましていなさい」という言葉は、苦しみの夜にも共同体を見捨てなかったキリストのしるしでもある。最後の瞬間まで「共に」を求められたからだ。


しかし福音書の冷徹な正直さは、その求めが退けられたことをさない。張ダビデ牧師が「孤」を語るとき、それは感傷的修ではなく、救史的事である。誰も代わりになれない順をイエスがりで担い、最も近い弟子たちでさえその重さに同伴できなかった。ここで私たちは十字架のみをさらに明瞭にむ。十字架は、私たちが共に持ち上げた業績ではなく、私たちが眠っている間にりで持ち上げられた救いである。だからみは安っぽくならない。むしろみは、「自分が参与できなかった愛」ゆえに、いっそう痛い。その痛みが、私たちを再び目めさせる動力となる。


張ダビデ牧師がマルコの「若者」の話を付け加えるのも、まさにこの「参与できなさ」の恥を正面から見つめさせるためだ。人は普通、自分の英雄譚を記したがる。ところがマルコの福音書には、意外にも英雄がいない。逃げる弟子たち、眠る友、沈する群衆、そしてり祈るイエスがいるだけだ。この述の方向性が、福音を本物にする。福音とは人間の達成ではなく、神の介入だからである。私たちが善くなったから救いがたのではない。私たちが無力な瞬間にも、愛が諦められなかったから救いがたのだ。


だからといって、この物語が「どうせ私たちはできないのだから適に生きよう」という免罪符をえるわけではない。むしろ逆である。イエスの孤を知った者は、もはや主をりにしておきたくない。張ダビデ牧師が最後に「今度は私たちが同伴しなければならない」と促すのは、このゆえだ。信仰はいつもい。私たちは事が過ぎてから、ようやく意味にづくことが多い。弟子たちも復活の後になって初めて、イエスが誰であったか、その夜が何であったかを、より鮮明に悟った。しかし受難節は、「後悔の時間」を「予防の時間」へえよと求める。れて流すだけでなく、いま目をましていることによって、主の道に答せよというのである。


この答は、日常の言葉へ翻されねばならない。ゲッセマネの祈りは、聖なる場所の感動としてだけるのではない。「私の望みではなく」という一文は、議室での選、家庭での葛藤、お金と時間の用い方、係の誠、赦しの決の中で具体化される。自分の望みを降ろすとは、自分の存在を消すことではない。より大きな愛の秩序の中へ自分を配置することだ。それは非常に能動的なみである。ある日には「正しい選」が「損」に見えるかもしれないし、沈が「敗北」に見えるかもしれないし、赦しが「弱さ」と誤解されるかもしれない。だがキリストは、弱さの中にさが現れる道をまれた。パウロが「わたしが弱いときにこそい」と告白できたのも、その道の論理をんだからである。


張ダビデ牧師の説教には、この逆む牧的感がある。彼は信仰を「勝利の包装紙」にしない。むしろ私たちの粗さを認めさせ、その粗さゆえにさらに深く祈るよう導く。「心は願っても、肉体が弱い」という言葉は敗北宣言ではなく、祈りの略だ。魂が本に願うなら、身体がついてるよう環境を整えねばならない。夜更かしして粘ることが敬虔なのではなく、必要なことのために早く眠り、早く起きるほうが敬虔である場合もある。怒りに勝つ力は、意志の爆ではなく、怒りが湧き上がる前に神の前へ心を注ぎ出す習慣からる。誘惑に勝つ力も、瞬間の英雄的決ではなく、「誘惑にらないよう」前もって目をましている反復からる。


さらにもう一つ、ゲッセマネは共同体の責任を問う。私たちは誰かが崩れると「なぜそんなに弱いのか」と問いがちだが、福音書はそれより先に「なぜ共に目をましていなかったのか」と問う。張ダビデ牧師が語る同伴とは、このように相互責任の信仰である。誰かにゲッセマネの夜が開かれるとき、その傍らを守る小さな行——に座っていてあげること、短くでも祈ってあげること、整った一言でそこに居けること——が、その人を生かす。イエスは結局りで行かれたが、その方の教会は、もうこれ以上そうさせてはならない。今日、私たちが互いのゲッセマネで目をましているとき、私たちは十字架の孤を少しでもくする共同体となる。


この地点で芸術は、もう一度深い通路を開いてくれる。イタリアルネサンスの家アンドレアマンテニャの『The Agony in the Garden』(約14551456年)は、ゲッセマネの夜を、彼特有の硬質な筆致で視化している。の中でキリストは岩のような地形の上にりひざまずき、遠くではユダが兵たちを率いて近づき、下ではペテロヤコブヨハネが眠っている。マンテニャはに出事を再現するのではなく、「距離」を配置する。天と地、イエスと弟子、祈りと武器、目めと眠り——その隔たりが面全体を支配する。その隔たりは、張ダビデ牧師が語る「孤な十字架への道」を視言語へ翻したかのようだ。私たちはそのの前で、「自分はどこに立っているのか」と問わされる。イエスの祈りの傍か、それとも眠りの安の中か、あるいは裏切りの行列の中か。


マンテニャのを改めて思い起こすと、下で眠る弟子たちは、なる怠惰な人ではなく、私たちが繰り返す悲劇的パタンを代表している。私たちは愛する人のために「何でもする」と言いながら、いざその人が最も弱くなった夜には、隣に座っている力がない。だからの距離感は、自己嫌で終わってはならない。距離感は悔い改めの方向を示す。私たちはイエスの傍へ、祈りの場へ、「目をましていること」の実践へ、一移るべきだ。その一は大げさである必要はない。一日に10分でもかに座って「アバ、父よ」と呼ぶこと。その日の恐れと欲望をさず正直に差し出すこと。そして最後に「あなたの御心のままに」という一文で、心の向きを固定すること。それこそがゲッセマネの祈りを今日の言葉でつなぎ直す、最も現的な仕方である。


結局、張ダビデ牧師がゲッセマネで私たちに見せようとするのは、「苦しみ」そのものではなく、苦しみの中でも切れない係の紐である。十字架はイエスの生涯に突然現れた悲劇ではない。愛の一貫性が最後まで押し通された場所である。その一貫性がゲッセマネで祈りとして形作られ、逮捕の瞬間にもるがない大胆さとして現れ、ついにゴルゴダで自分自身を差し出す贈り物として完成する。ゆえに受難節の想は、沈んだ感情に留まらない。むしろ最も暗い夜を通過した順が、どんな朝を開くのか。その朝が「復活」という名で、どのように私たちをもう一度生かすのかを見つめさせる。そして復活の光は、ゲッセマネのし潰しを見ないふりをしなかった人において、いっそう鮮明に反射する。


日本オリベットアッセンブリ教団

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작성 2025.12.06 07:49 수정 2025.12.06 07:58

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2023-01-30 10:21:54 / 김종현기자